花と音楽と沖縄と…

ただ単に、その日見たものを記録してるだけの日記です(^^♪

「組織のためなら死んでも仕方ない」と思っているかのようです。実は、これは全体主義そのものです。

★2022年4月20日 00:31


…しかし、鵜川さんの駆け込み寺に来る相談もそうなんですが、「違法ですよ」と伝えても、それを裁判所に問うところまで行けるかというと、また別の話なんです。わざわざ裁判を持ち出さなくても、個人で抵抗して解決できればそれでいいわけです。
しかし、上記の通達や法的見解を知ったとしても、結局あきらめて打たされる人が多いように感じています。
私はこのあたりに、日本人の国民性や死生観が関係しているように思います。このワクチンは、死ぬリスクがあります。実際すでに1600以上の接種後死亡が報告されている。接種事業の中止を求める裁判まで起こされている。こういう事実を知ってなお、接種を拒否しようとしない。
不思議です。
カナダでフリーダムコンボイが組織されるなど、世界各地で接種中止を求める国民運動が起こっている。しかし日本人は、医者の前で唯々諾々と腕を差し出す。どういう心理なのでしょうか?「組織のためなら死んでも仕方ない」と思っているかのようです。実は、これは全体主義そのものです。憲法が保障する『個人の尊重』と対極に位置する考え方です。
コロナワクチンの危険性については、徐々に多くの人が知り始めています。ただし、「知ったところで、戦える人ばかりではない」という問題が、新たに生じているように思います。この問題をどうすべきか?私もまだ答えを持ち合わせていません。
今回のコロナ問題は、情報戦であると同時に、心理戦でもあるのでしょうね…


レイプの被害者と似たものを感じます。侵襲を受けて、体と心に大変な傷を受けるということは、レイプと近いような気がします。勇気を出して立ち上がったものの、誹謗中傷される可能性さえある。
ワクハラもそうですが、勇気ある数少ない人(それは宝石のように貴重な存在です)を我々が守って、一点突破をする。ゼロから、まず1を作る。そこから成功事例を増やしていくという地道な方法しかありませんね。…


…「被害が起きても、後で国が何とかしてくれるだろう」は、通じない可能性がある。だからそもそも、ワクチン接種を強要されても絶対に打ってはいけない。「国が強制しちゃいけないと通達で言ってるんだぞ!」と、最初に頑強に抵抗する論理に使う。それが法律の上手な使い方だろう。…